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不思議の壁 (1968年) Wonderwall Music ビートルズの映画「ヘルプ!」の撮影中に出会ったジョー・マソットから頼まれて、彼が監督する映画「Wonderwall」の音楽を担当することになったもの。ホワイトアルバムのレコーディング突入前に作成しました。 インド音楽への関心がピークになっていただけに、インドのアーティストが参加しています。ロンドンのみならず、インドのボンベイでもレコーディング。 インド音楽がメインのなか、時おり箸休め的に西洋音楽が入り変化に富んでいてます。聴いていて心地よし。 |
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電子音楽の世界 (1969年) Electronic Sound ホワイトアルバムのレコーディング終了後、アップルレコードのミュージシャンのプロデュースのためにロサンゼルスにいた際に、モーグシンセサイザーのセールスマンに出会い、モーグの虜になって1曲(25分)をレコーディング。翌年、モーグシンセがロンドンに届いてから2曲目(18分)をレコーディングしました。 面白いおもちゃで興味の赴くまま楽しんでいることはわかりますが、聴いていて全く面白くないです。 |
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オール・シングス・マスト・パス (1971年) All Things Must Pass 1970年4月のポールのビートルズ脱退表明を受けて、5月からレコーディング開始。「レット・イット・ビー」を仕上げたフィル・スペクターの手腕に惚れ、彼と共同プロデュースしました。 ビートルズ時代に作りためた曲などを全力投入。いくつかはビートルズのレコーディング・セッションでも演奏されています。 いろいろなタイプの曲がてんこ盛り。変化に富んでいて楽しめます。 |
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オール・シングス・マスト・パス 50周年記念 All Things Must Pass 50周年を記念して2021年に発売。 2001年の30周年記念リマスターの発売時に、ジョージは「このアルバムをリミックスして、コテコテなアレンジ曲を手直ししたい」という気持ちを表明していて、20年経ってようやく実現。 ボックスセットのCDには未発表のデモ、アウトテイク、スタジオ・ジャム音源をたんまりと収録。Blu-rayにはドルビーアトモス音源を収録していて、音に包まれる感じが心地よいです。 |
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バングラデシュ・コンサート - ジョージ・ハリスン&フレンズ Concert For Bangladesh 1971年8月1日に、ジョージとラヴィ・シャンカルが共同でニューヨークで開催したバングラデシュ難民救済コンサートを収録。 オープニングはラヴィと仲間ミュージシャンによる約16分のインド音楽演奏。熱気を感じる演奏です。途中リンゴ・スターやレオン・ラッセルなどのゲストを招きながら「オール・シングス」曲やビートルズ曲を演奏。 終盤にはボブ・ディランのアコギ弾き語りが入り、ラストはバングラデシュに捧げる曲をみんなで演奏しています。 |
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リヴィング・イン・ザ・マテリアル・ワールド (1973年) Living in the Material World 前作でフィル独特のウォール・オブ・サウンドが披露された反動か、シンプルなバンド編成での曲が主体に収録されています。 中盤にはホーンが入り音数が増え、終盤はアルバムで唯一のフィルが共同プロデュースした分厚いサウンドが聴けるドラマチック系バラードでグッと盛り上がり、ストリングを起用した2曲で終了。アルバム全体で起承転結がついています。 「これぞ!」と際立った曲はないものの、まあまあの曲が収録されていて、ほっこり気分で聴けます。 ミュージックビデオが収録されたDVDとのセットもあり。 |
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リヴィング・イン・ザ・マテリアル・ワールド 50周年記念 Living in the Material World 50周年を記念して2024年に発売。オリジナルテープからリミックスされた音源を収録。 ボーナスCDにはアウトテイクを、Blu-rayにはドルビーアトモス音源を収録。 |
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ダーク・ホース (1974年) Dark Horse 自分で立ち上げた新レーベルからの所属アーティストのアルバムリリースなどのプレッシャー、妻のパティとの不仲、アルコールや薬物依存という最悪の状態の中で作成されたもの。 軽快なインスト曲でオープニングし、つかみとしてはOKですが、2曲目を聴いたとたんに耳を疑うほど、彼の声の異常さに驚きます。心身の不調が声に出たという感じ。 その後も、声の異常さに違和感がたっぷりのまま曲が流れていきます。たいした曲もなく終了。 |
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ライヴ・イン・ロサンゼルス 1974 Live in Los Angeles 1974 1974年11月12日のロサンゼルス公演を収録。地元FMラジオ放送用に収録された音源を使用。 |
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ジョージ・ハリスン帝国 (1975年) Extra Texture (Read All About It) 1曲目はサックスがブイブイと鳴るアップテンポ曲で「おっ、元気を取り戻したか」と安心します。 「その勢いでにぎやかなアルバムになるか!?」と思いきや、その後はおとなしめのゆったり曲が続きます。ピアノの演奏がよくて、ジョージのギターとうまくからみあって曲に魅力が出ています。中盤に45秒間だけサックスのにぎやかさが登場し、アクセントをつけています。 ラストは再びサックスがブイブイと鳴るアップテンポ曲が流れて、にぎやかに終了。 |
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33 1/3 (1976年) Thirty Three & 1/3 オープニング曲はスラップベースがビンビンとリズムを刻むノリノリ曲で一気にテンションアップ。続く曲はアコギ&オルガンバックのシンプルなアレンジでコントラストがついています。 その後も、楽しさと勢いを感じる曲が続き、聴いていてウキウキとしてきます。歌メロはよいし、バッキングの演奏もよい。アルバム全体に緩急の変化がついていてとても聴きやすいです。 前作でアップルレコード/EMIとの契約が終了し、自分のレーベルからリリースできる喜び、恋人のオリヴィアとの関係がうまく行っている喜びが爆発したのかな。 |
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慈愛の輝き (1979年) George Harrison 前作の評判がよくて気分上々のなか、1977年はオリヴィアと一緒にF1レース巡り。その最中にパティとの離婚が成立。1978年に入ってレコーディングを開始したら、8月に長男が誕生してオリヴィアと再婚という幸せ絶頂の中で作られたアルバム。 前作のド派手さはないものの、幸せ全開ということがよく伝わってくる、ほんわかと心温まる曲が収録されています。 ビートルズのホワイトアルバム作成時のイーシャーデモで演奏されたNot Guiltyの完成版、名曲Here Comes the Sunの続編っぽいHere Comes the Moon、F1レーサーを題材にしたFasterなど聴き応えのある曲があります。 |
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想いは果てなく〜母なるイングランド (1981年) Somewhere in England 1980年3月からレコーディングに取り組んで9月にできたものの、レコード会社からダメ出しされて作成しなおし。その最中の12月8日にジョン・レノンが射殺され、リンゴと一緒に作っていた曲をジョンの追悼用の歌詞に変更しました。この曲ではポール&リンダがバッキングボーカルで参加し、リンゴがドラムを叩いています。追悼曲と言っても悲しげではなく、リズムがポップで「楽しい思い出を歌っている」という感じです。 ダメ出しされたアルバムから4曲を差し替えたお陰か、全体的にウキウキなポップさがある聴きやすいアルバムになっています。 |
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ゴーン・トロッポ (1982年) Gone Troppo 冒頭の2曲は前々作、前作の流れを感じますが、3曲目は「ジョージが歌っているのか?」と疑問に思うくらいの60年代のドゥワップ曲で意表を突かれます。続く曲はかすかにボーカルが入っているもののほぼインスト。南国風のサウンドが心地よいです。 その後も南国風の味付けをした曲が多くて、リラックスした気分で聴けます。時折入る女性バッキングコーラスがいい味を出しています。 自分が追及したいサウンドが80年代の流行と乖離していると感じ、音楽ビジネスに魅力を感じなくなり半ば引退状態になります。 |
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クラウド・ナイン (1987年) Cloud Nine 前作発売後、自分が出資した映画会社の仕事に注力。彼が製作総指揮した映画「上海サプライズ」の使用曲でELOのジェフ・リンと共演したことで音楽制作の楽しさを思い出し、ジェフを共同プロデューサーに迎えて再起動。 オープニングはエリック・クラプトンとのツインギター、エルトン・ジョンがエレピを弾くという豪華布陣。バックで低めに鳴るサックスと相まって渋い世界が描かれています。2曲目もエリックのギターソロが終盤に炸裂する渋め曲。その後の軽快曲でも数曲エリックとエルトンのプレイが聴けます。 中盤にはビートルズ時代を懐かしむ曲を配置。ビートルズのI am the Walrus風なストリングを入れ、ラストには久々にインド風味を加えサイケ感を出しています。ドラムはリンゴが担当。 ラストは和風+中華風の不思議な曲に続けて、ノリノリ曲で終了。 1988年には、ジェフ、ボブ・ディラン、トム・ペティ、ロイ・オービソンと覆面バンド、トラヴェリング・ウィルベリーズを結成し、1988年と1990年にアルバムをリリースしました。 |
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ライヴ・イン・ジャパン Live in Japan 1974年のアメリカツアーが大コケしたことがトラウマになって長年ツアーをやっていなかったが、エリック・クラプトンの激励を受け、彼と一緒に日本公演を決意。ビートルズの来日以来のジョージ来日となりました。 1991年12月1〜17日のコンサート音源を収録。エリックのバンドをバックに、厳選されたビートルズ曲、ソロ曲を心地よさそうに演奏しています。ビートルズ曲でエリックが弾くギターが聴けるのは新鮮味があってヨシ。 アンコールで演奏されたWhile My Guitarでは、エリックとジョージのツインリードの掛け合いが聴けます。 |
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ブレインウォッシュド (2002年) Brainwashed クラウド・ナイン発売後、ボチボチと曲作りを行うものの、トラヴェリング・ウィルベリーズでの活動や1994〜1996年のビートルズ・アンソロジーのプロジェクトなどで超多忙でなかなか進まず。その後、癌に罹ってしまい、ジェフや息子のダーニの支援を得て、癌と闘病しながらレコーディングを進めるものの完成前の2001年11月29日に肺癌のために死去。 オープニング曲ではジョージがバンジョーウクレレを弾きながら楽しそうに歌っている感じがして、ほっこりします。 ELO風のストリングサウンドを取り入れたミディアムテンポのRising Sunは苦境にめげずに朝日を待つ彼の姿をイメージし、心にじわじわっとしみてきます。 際立った曲はないものの、全体的にほんわかとしていて耳障りがよいです。死期が近かったという悲しさはありません。 ラストはインド風の演奏が流れて余韻たっぷりに終了。インド風でソロキャリアを幕開けし、閉じたことに感銘を受けます。 |
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